土星期は「錆を落とす時期」。土星が入ってきてしんどく感じるなら、
自分の中に「錆」があるから。それに気づいて落とすことが何より大事。
これまでのルールにそぐわない「錆」というのは必ず生まれます。
土星が入ってくることによってそれが顕著になります。
私たちが生きていく中で、土星のルールは周りにあれやこれや言われながら
育て上げられてきました。
その間違いを突き崩すイベントが起きるのが、サターンリターンなのです。
もくじ
人生のうちに3、4回くらいは経験するサターンリターン

人の人生が100年というのならば、サターンリターンは一生のうちに
3、4回くらいは経験することになると言ってもいいでしょう。
土星が自分の土星と同じ部屋にいることによって
余計に束縛がキツくなるサターンリターン期。
自分の人生のルール(土星)を最初に築き上げたのは両親。
両親や学校の教師、会社の上司といった土星たちの厳しい慣習のもと、築き上げられた土星のルール。
誰かに教えられた土星こそが真実だと信じて疑わないもの。
しかしある期を境に、これは違うと気付かされ、そして自我の変容を余儀なくされる。
そうした時期がサターンリターンのタイミングにやってきます。
新たな生き方に変えるにあたって
新たな生き方のルールに慣れなければならない、
と言うのを余儀なくされるのがサターンリターン。
そして「人生とは何か」ということに向き合うことになります。
最初のサターンリターンはアラサー世代で太陽期。
「自分とは何か」というテーマが一番大きな時代。
そして土星が入っているハウスのテーマによって
新たなルールを再構築せざるを得ず、
そこからまた30年間、再構築されたルールで立ち回るのです。
「本来の自分」を意識して初めて抜けられる土星の試練

親が作り上げたルールなど、他人の土星に従って生きてきたこと。
他人の土星(ゴール)こそが自分の人生の全てだと。
そこを乗り越えて、自分の人生のゴールを自分で組み上げる、
という認識に持っていくことで初めて
サターンリターンの時期が終わりを告げる。
本来の自分の道を歩んでこそ、
本当の意味で土星の試練を抜ける余地があると言えるでしょう。
土星に「本来の自分」として生きるためのルールを歩まされると
人間関係の断捨離や環境の変化を余儀なくされることもありましょう。
仮に土星から逃げても、また別の時代で、クリアしない限りは追いかけてくるのです。
土星は30年周期で同一サインに戻ってくるので、
仮に抜けていたとしても、また30年後もこの時期がやってきます。
ハウスのテーマに沿ったことに対してルールの書き換えで
頭を悩ませるタイミングがやってくることになる。
人生のキャリアチェンジとなると、大体サターンリターンが絡んでいるのでないでしょうか?
より本質に沿った人生への移行があるからこそ、
サターンリターンは余計に辛いものがあるでしょう。
自分のライフスタイルを変える、仕事の仕方を変えることを余儀なくされる、
あるいは太陽らしい「本来の自分」として生きることを余儀なくされる、
そんな2、3年が繰り広げられることでしょう。
そして土星の試練を乗り越えると、そこにアバンダンスが生まれる、と言われます。
試練を乗り越えた者にのみ「ご褒美」としてアバンダンスがもたらされるのです。
新たな自分に相応しくないものは「捨てる」ことが求められます。
そこを乗り越えることが求められます。
ネイタル3ハウスの土星でコミュニケーションに対する試練がある

土星のアバンダンスを思い返すにあたって思い出深いのがブラック企業時代の晩年期。
この時期はブラック企業を辞める前に起業塾や
意識高い系の人間関係を全てぶった斬って、新天地に移ったことが思い返されます。
私はネイタル3ハウスの土星のため、
初等教育時代から人と話すことの苦痛を感じていました。
加えて水星、金星も土星とコンジャンクションで
人と話すことが苦痛なのがより強調される結果になりました。
そのため長年、土星の苦しみを味わい続けてきました。
そこから逃げたくていろんなものを頼ってきました。
人と話すことがコンプレックスであった私は
学生時代からずっと1人になることを願ってここまで来ました。
学校にいるときはいつも崖っぷちでした。
その感覚が強いから人と会うことを避け続けてきました。
今ではインターネットが隆盛するようになって
人と会うのが対面である必要がなくなりつつあるのが隔世の感を感じさせます。
私が学生だった当時はそこまでインターネットが主流でもなく、
対面なのが当たり前でしたので。
当たり前のように学校に行って同級生と顔を合わせるのが嫌だった。
それというのも自分が苦手とする「コミュニケーション」が必要だから。
自分でもそうだし他者から見ても「コミュ障」というのが認知されていました。
同級生や会社同期、同僚ら。とにかく他人と比べられるのが嫌でした。
学校という場が執拗なまでに居心地が悪く、学生時代は毎日が戦いでした。
そして時は過ぎ、学校を終えて、サターンリターンしてきた時。
学校という場で終止符が打てたかと思いきや、
今度は会社というより悪質な空間での仕事で、会話しなければならない苦痛に苛まれました。
長年ずっとこの苦痛と闘ってきていた。どっかで終わらせたいのだと。
ハイパフォーマンスプラネット(最も結ばれている惑星)というのがあるなら
小惑星とかASC、MC入れていいなら海王星や冥王星。
妄想力やカリスマへの狂信力、共鳴力に優れる。
会話の苦痛を避けるための妄想に委ね、
現状の地獄から抜け出すためにカリスマを頼ってきました。
避け続けてもどうにもならないのが会社という世界。
学生時代なら避けてどうにかなったが、
会社だと嫌な上司同僚はどうしても避けては通れないもの。
どんなに嫌な連中といえ、飯を食って生きていくためには
金稼いでいく必要があるわけだし、
そのためにどんなに嫌な人間であろうとも会話せざるを得ない。
会社にいる間はジレンマと常に戦っていました。
そして、サターンリターンを乗り越え。
話をするのが苦手とまで言われた私が、
今は人と話をしに行く仕事をしようとしている。
学生時代とは隔世の感がありすぎてならない。
これも3ハウスの土星と水星コンジャンクションの合わせ技ゆえかもしれない。
土星なのでコミュニケーション能力が遅咲きだということ。
学生時代なんて「こいつは他人とまともに話せない」
とあらゆる人間からバカにされてたレベルでした。
それで地元の人間に会うような塾とか行くのが嫌になり、
同学年とのコミュニケーションは徹底的に避けたし、
コミュニティっていうコミュニティも同様に避け続けてきました。
生きているのが申し訳ないくらいに感じており、
ゲームだけが友達という物悲しい青春時代にも繋がったと言えます。
そんな過去の自分の錆を土星期に落としたと言えます。
「自分らしくないもの」を清算して次に進むために。
サターンリターン期に「友達」というものを、私は全て投げ捨てました。
新しい環境に移って、手に入れようとすればするほど、
驚くほどに何も手に入らなかったし
それどころかどんどんと断捨離を進めていってしまった時期になっていました。
まぁこの断捨離が後々の礎になったので全く無駄じゃなかったのだけど。
土星がやらせてくることというのが「断捨離」だと。
自分に不要なものをただひたすら捨てて捨てて、
その中で残ったものがアバンダンス。
私にとっては「本来の自分とは何か」と言うことを
たった一人で考える素地ができたことがアバンダンスでした。
最近は不登校の話もよく聞きますが、私が今の時代の子供になったら
不登校とかしていたかもしれません。
土星が進めば進むほど「錆」が明確になってきます。
土星期を乗り越えるには自らに溜まった不要なものを追い出していくこと。
錆を落とすのが大事なんです。
その錆を落とすのにDNAアクティベーションなんか受けると割とスムーズだったりするのです。
この辺は私も当事者なんでわかります。
総括

土星のサインにトランジットで土星が入ってくるのは人生に3、4回はあると言われ、
土星の周期から言ってだいたい3年は滞在します。
その間に背負ったカルマを解決させんがために
不要なものを全て削ぎ落とされるように
時に辛いと思う出来事も起きるでしょう。
カルマを乗り越えた者にはアバンダンスが、
カルマから逃げた者にはさらなるカルマが。
サターンリターン期というのは、新たなルールに適用するため、
束縛を受け入れ乗り越えることが、より強く求められる時期なのです。