12番目の使徒・魚座は神に愛されし神聖なサイン。

魚座は「12」という神聖な数字のもとに成り立っているサイン。

12番目の星座というところで、一番ラストを飾る魚座は
特別な「強さ」というものがあるわけでない、

一見すると頼りなく儚い印象すらあるかもしれない、
しかしその内に秘めたるものは、この世界を救うべく使わされた神のような、
神聖なる精神性を持っている。

12番目のサイン・魚座について。

「12」番目にいる魚座の行く末。

魚座

「12」番目にいる魚座。

古来より神聖な数字とされてきた「12」は
イエスキリストの数字とも言われる数字。

キリストの12使徒、十二神将、オリンポスの12神、など
神聖な格を崇めるのにも都合が良い数字だったりします。

12という数字は1ダース12個、12球団、12星座、12ハウス、暦を2の月に分けるなど
使い勝手のいいシステムを生み出すのにも都合が良かったりすることもあり
現代でも12という数字はあらゆる局面で使われています。

12は3や4でも割れることで柔軟性もあり、対応力が優れているということが分かります。
キリストの三位一体という考え方が「3」
十字架という「4」に連なるもの、
この3と4をかけると12という数字が生まれます。
12という数字にキリスト教徒はある種の調和を感じる、という風に言われてきました。

12は神格化された数字。
そういったことも相まってか
12番目のサインである魚座にもイエスキリスト、
それにちなんだ神聖な意味合いが込められていると言えるのではないでしょうか。

黄道十二宮の12番目の使徒・魚座はあらゆるこだわりを溶かす、
人間同士の好き嫌いの壁であるとか、思想の壁、過去も未来もない時間の壁、

つまりあらゆることを洗い、赦し、
そして迷える子羊を救済する、という神聖な役割を果たそうとします。

魚座の聖域で行われること

魚座

魚座の番号とも言える「12」という数字は
私的なサンクチュアリ(聖域)があるところ。

魚座の定位ハウスである12ハウスは個人的な聖域で、
自分の中にしかない無意識の世界、可能性が広がる、
隠された見えない世界が展開されます。

12ハウスというのは誰も立ち入れない世界、聖域ということ。
内なる信念に裏打ちされた才能、精神性というのが展開される世界。

乙女座の数字の「6」では受容性という意味があり
「知らないうちに相手に合わせる」というところがありましたが、
この「6」に「2」、すなわち「目的意識」をかけることによって
目的に応じて相手を受容するかしないか、というのを切り替えられるところ。

12というのは「3」と「4」をかけた数字でもあるので
創造性や夢を示す「3」、制限をかけた上で具象化するのが「4」となりますかね。

こうしたこともあって12ハウスの様な閉鎖空間で何かを創造する、
という役割も考えられるところ。

誰もいない個室で何かしら創作活動に励んだり、
あるいはインターネットのような可能性が広がる見えない世界で
何かを行う、ということになるかもしれないですね。

12は「足して3になる2つ目の数字」で
2つ目ということ「3」という数字に対しての
アンチテーゼの様なニュアンスになるという説もあります。

「夢を夢だけで終わらせない」というところになりますね。

タロットでもちょうど12番目、
「吊られた男」が魚座(海王星)に当てはまるところで
犠牲精神、物的根拠はないが光を見出す、というところもあるか。

魚座が「向き合わねばならない」もの

魚座

どのサインも180度反対側の存在がいて、
最も相容れないが、最も相容れる可能性がある存在ということで。
ともすればそれは自分の鏡になる部分、見ない様にと蓋をしていた部分。

魚座にとってのそれは、乙女座。
自らの中で設けた閾値に従って、与えられた範囲で物事をやります。

魚座は非日常でやることなすこと何でもかんでも広げる抽象的な世界に生きるが、
乙女座は全くの反対で、日常の世界で家事や普段の生活、
仕事といったルーティンにおいて力を発揮します。

地味ではあるかもしれないが、1日の流れを意識して整理して行動するのは必要なこと。
帰属する場所に対してオーガナイズして目に見える形で役立てていくところ。

日常の世界は目を背けてはならないということか。
助けたいと思う相手が曖昧かもしれないし
曖昧なまま終わってしまうかもしれない。

乙女座は物事を曖昧にするのを嫌います。
曖昧にせず、線引きを設けて自分の思いを具現化したり
言語化できる様になる魚座というのは「神」に近い存在でしょう。

魚座のルーラーに於ける海王星の霧というのは
要するにバリヤーの役割を果たすということになるか。
生命の樹においても「ケテル(王冠)」に当てはまる海王星。

魚座というのは、自分で聖域を作って
何かを守るかの如く、シールドを張っている様な人に見えます。
それが信念とするもの、大事なもの。信じることがあるから、
慈善行為が正しいと信じて、奉仕をしていく。

そう考えると魚座はキリスト意識がとても強い、ということもあって
見返りを求めない奉仕精神があるという事になる、が。
時にそれが形を見せずに曖昧になることがあり、
曖昧に終わってしまうこともあるかもしれない。

そこにおける言語化であるとか、輪郭をくっきりさせること、
夢に生きて日常が雑になりがちで散らかっている、
そうしたところに目を向けねばならないということでしょう。

総括

魚座

同じ水サインでも蟹座は村意識だとかそこに乗っかってれば良いし
蠍座は従属する対象が居れば良かったかもしれないが
魚座だと別に一人でも良かったりするし、対象が物質でも霊体でも良かったりするところ。

そこが尚のこと「生きづらさ」と紐付きやすいのかも分からないですが。
最終的には「孤独」になるというと微妙感が漂うかもしれないが
理想の様式だったりするところ。

誰かがしたことの後始末とか、
あるいは自分が蒔いた種は最後まで見届けねばならない、
という感じ。終わりのサインなので「何かを終わらせる」人。

しなやかで儚い、神の申し子たる12番目の使徒・魚座でした。

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