2026年6月20日に牡牛座キロン。持つことに関する赦しを求め。

2026年6月20日に牡牛座キロン入り。

本格的に牡牛座キロン時代になるにはまだ先ですが
先んじて牡牛座のキロンがどんな感じかという、いわゆる「プレ期間」ですかね。

その時期と相成りそうです。
一生癒えない傷と、高尚な学びの相反する有様を示すキロンが描くのは。

2026年6月20日 牡牛座キロン

20260620牡牛座キロン

時間:6:19:01

カルミネートは海王星。曖昧さ。映像作品とか、何らかブームの現象化?
政府の不透明化、スキャンダル、芸術・宗教的な政策。

ライジングはハイジア、水星。
公衆衛生や感染症対策の注目、健康ブーム。
情報・報道・通信への関心。噂・デマの拡散も?など。

各種サビアンシンボルは

ASC蟹座数え23度は「文学会の集まり」
自分が学んで考えたことを周りに発表していく。教養人などとの関わりも?

MC牡羊座数え9度は「水晶をずっと見つめる」
傍観者として、外側から本能的なことでどういう状況か見つめる。
観察力を発揮する。

太陽双子座数え29度は「モッキンバード」
メディアのようなところにアピールしたがる。大衆の「心」など、ニーズに応える?

月乙女座数え4度は「白人の子供達と遊ぶ黒人の子供」
公平な考えが大事、偏見や差別をなくして物事を見つめる。
人種の壁を越えるような感じで、眼前のことを自分の物差しで判断しない。

特殊アスペクトは

月ー海王星ー冥王星のヨード。
キロンー木星ー冥王星、天王星ー月ードラゴンヘッドのTスクエア。

突発的なことであるとか、医療の動きというところが起因で忙しなさそう。

アクセルを踏んで進んだと思えば、目の前に急に何かが現れてブレーキ踏んでも間に合わず
事故ってその対応に追われるようなイメージ?
例え話ではあったけど事故には注意。

1ハウスが目立つところ。国民性、世相のおおらかさ。
キロンで言うと10ハウス。政府における対応、あるいは公的活動において医療が課題であるようなこと?

牡牛座キロンについて

牡牛座

キロンは「傷ついたヒーラー」とも呼ばれる小惑星ゆえに
感情的及び肉体的な傷を示すとされる。
その人の傷、あるいは傷つきやすい部分。自分の傷を癒やし、
個人的な領域を超えて他人の苦しみを見て、教師ないしは癒し手となることがキロンのゴール。
大まかには「芸術」「予言」「高度の医療」「科学的占星術」を示す惑星。
土星と木星の引力の影響で軌道が変わり、土星と天王星を中継する天体ゆえに
社会を改善するための手立てという見方もある。

キロンは状況を超越して自己満足の快適ゾーンから抜け出し、
新しく解放された理解、成熟、自信を獲得する能力を与える。

牡牛座キロンは自分自身の価値の危機を経験することになることを示す。
例えば自分の体に不信感を抱いたり、自分の体が美しくないと感じたりするようなこと。
自尊心の欠如を経験し、お金や所有物を増やすことで、過剰な埋め合わせをするかもしれない。
自分自身と自分の五感に頼ることを学ぶことで、他者の感性を取り戻す手助けの一翼を担えるであろうこと。

10ハウスキロンは外の世界では不十分であるという感覚や
自分の価値が認められていないという感覚に苦しむようなこと。
自分のキャリアパスについて迷う可能性がある。
将来は、傷ついた治療者や教師としての職業に就くかもしれない。

各種解釈

キロン

キロンを見ると

太陽ーキロン60度
・自分の知られざるスキルを発見することになりそう。偶然の出会いが新たな学習分野を見出し、そのことが傷を癒すことに連なりそう。

月ーキロン120度
・過去の心の傷を癒す機会。夢を通して出会ったり、あるいは癒し手に出会うことであったり。

木星ーキロン90度
・可能性開花のためにあたっての障害、そこからくる学び、新たな才能の発見も。(木星ーキロン)

冥王星ーキロン90度
・過去に埋もれていた傷と向き合い、消化すべき時。噴火のようなことがあるかもしれないが、それでもなお前に進むために。

キロンーエリス0度
・傷つけ・傷つけられる構図における目覚め、痛みの中の真実。

キロンードラゴンヘッド60度
・自分の特別な才能を発見してそれを表現するチャンスに心を開く時。

マップ

20260620牡牛座キロンマップ

キロンーMCは太平洋上。

総括

牡牛座

牡牛座や蠍座といった不動サインの初期段階を持つ人においては
難しいと感じる可能性を感じさせる時期。

乗り越えるのが難しい課題に対して向き合うことで、
何にも勝る叡智を獲得する、というのがキロンの真髄か。

一生癒えることのない傷とうまく付き合うのが大事と言われるのがキロン。
傷つき、傷つけられる構図から得るものが何か。

なぜキャリアにおいて認められていないことが怖いのか、
なぜ良いものを持っていることが怖いのか。

自分の全ての持ちうる感覚を使った、新たな才能の開花、
というところも、もしかしたらあるのかもしれない。

公の場において、それが医療なのか、学術的なことなのか?

自らに与えられた天性の才能に気づいて発揮できる勇気を持つ、
自分の才能を開示していく勇気、というのが何より大事かもしれません。

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