射手座の火の付け方というのは、自分の精神性が向上する方向に向けて情熱を燃やす。
時に高すぎる理想が周囲を引かせるが、刺激を与えるところでもあります。
射手座も魚座も木星ルーラー仲間であるが、
社会の枠組みの中で非現実的にロマンを追い求めて生きるのが射手座で、
社会の枠組み関係なしに非現実的にロマンを追い求めて生きるのが魚座という違い。
大学受験でよりハイスペックな大学を選ぼうとするか、
そもそもその土俵に登らないで別のベクトルのことを考えてるかの違いみたいなもの。
射手座における「自由な世界」の考察。
もくじ
射手座における非日常、手に届かない世界

射手座は精神世界、理想主義なところがあり精神高揚的な語り、
対向の双子座は理知的、理屈っぽく足元を見た上での提案ができるところ。
射手座には「ピラミッドとスフィンクス」みたいなサビアンシンボルや
鷹や鷲といった用語も出てくる。
「鷹」「鷲」はエジプトの天空の神・ホルスに連なる。
射手座はどうにもエジプシャンとの関わりが多い、とも言えるかもしれません。
この射手座では「目に見える世界の最高峰」を目指すような感じ。
精神性を高めるために議論、スポーツなどで鎬をけずっていきます。
射手座というサインには「現状維持」という言葉はないくらい大きい。
地に足つけてる場合じゃない。夢があまりにも大きい。
とても理想家であって、夢があって良いことですが
その夢を叶えるには時に現実路線に目を向けないといけない、
ということに気づくでしょう。
実用性、可用性がないといけない事に、
対向側の双子座の影響があって気づくわけです。
とはいえ現実路線で走るのは射手座らしくない。
「糸の切れたタコ」のように常に高いところを目指していかないと。
その意識の高さゆえに、例えば射手座金星のように
ハイレベルなことでないことに嫌悪感を持つわけです。
薄っぺらい知識でなく、一挙手一投足が洗練されたものでないと。
漫画やドラマのウンチクでも高尚なものが描かれていないと見向きもしない。
軽挙妄動さは「高み」を目指す彼らには厳禁ということ。
理想と現実の相剋

蠍座の牢獄的な領域で出ていかれるのに反対されつつ
ようやく抜け出た世界が射手座。
牢獄より抜け出し、晴れて自由の身、というのようなところ。
最初は理想に向けて突っ走っていくのだけども、
15度過ぎてから、高望みしても全てが望み通りいかない、
夢で飯は食えない、ということに気づいていきます。
そこで「挫折」と認識し、夢を叶えるための柔軟性、具体性、
というのを手に入れて行って、社会に貢献するための下準備を重ねます。
この射手座エネルギーが大きければ大きいほど夢に行き、多くの人を巻き込むでしょう。
魚座も同じように精神性が強調されるサインで
射手座も魚座も精神性に連なるサインであることから、宗教に連なる見方をされますね。
しかし大体のサインが、宗教の何らかの性格の側面を示してるわけで
蠍座も宗教じみたところあるし、山羊座も蟹座も宗教じみた部分があると言えばそう。
とはいえおおかたな見方では「神」のいる世界を目指したり、
精神性の強さを求めた末に宗教という意味合いなのでしょう。
ドラゴンテイルと相性が良いのは射手座、
反対側のドラゴンヘッドと相性が良いのは双子座とされます。
これは双子座が新しもの好き、射手座はカルマ的な知見から高みに目指す、
そんな性質があるからと考えるか。
ドラゴンヘッドは今世やるべきこと。だから新しい知見がそこにあるし、試される。
そういった意味でも射手座というのは歴史に触れることもあるか。
射手座の原動力は「大義名分」

射手座は他者との議論で自分の知恵を磨き、精神性を高めます。
彼らの原動力は「大義名分」。
射手座の強さが際立つと、余計に「大義名分」というのを大事にするでしょう。
射手座の示すジャンルで「コーチング」という
「大義名分」に則ってゴールを目指すリードの手法があります。
射手座サインや9ハウスが示すのは「信念」。
精神性の高い行いこそが尊ぶことであり、
目的のない場当たり的な活動を忌むべきものとする。
「意識高い」と言って仕舞えば、そうかもしれません。
そのプロジェクトに大義名分がなくば途端に「火」が消え、
行動するに相応しい理念があれば心強い戦士となる、と言えるでしょう。
総括

射手座というと「ピーターパン症候群」みたいなとこあるのかもしれませんね。
「日除け帽を被った子供」「おもちゃの馬に乗る太った少年」のように
子供のサビアンシンボルが多いわけですから。
射手座は年齢期でいうと中年後期のはずですが
ゴールを見つけたら、まるで子供のように夢中になっていって
いつまでも「夢」を追いかける。
対向側の双子座とは別のベクトルで子供のイメージがあてがわれている。
ある意味ではピュアなまでも、掲げたゴールに正直。
射手座は大義名分に生き、そして生涯勉強して「高み」を目指していきます。
その大義名分が果たすまで、己の「火」を燃やして、全うして生きようとするのです。
