人に教えるのは向き不向きとか相性というのもある、というところ。
感性(水)で理解してきた場合は
論理的(風)とかひらめき的(火)に合わせるのは中々難しい。
魚座というと流れのまま、感性のままに生きる、
荒っぽい言い方をすると動物的、というところか。
感覚のままに生きる、とはどういうことか。
生まれながらのロマンティストである魚座についての考察。
もくじ
魚座の「夢」「精神性」というところ

射手座の示すジャンルにコーチングというものがあると言われています。
魚座も「夢」を司るので、こちらもコーチングぽい、
と言えばそういう部分がある気もしますが。
現状の壁を認識させて翼を授けて
物質界の枠組みにおける高みを目指させるのが射手座的なコーチング。
現状の壁を溶かして現実的でない「夢」にクライアントを幽体離脱させて
「自分の心」に焦点を当てさせて救済するのが魚座的なコーチング、というところですかね。
魚座も「夢」を司りますが、より現実性がないというか、
時間であるとか現実世界の枠を取り払った感じの「夢」です。
大学受験で例えるなら、
射手座は東大やハーバードみたいなハイレベルの大学を目指すかも知れないが
魚座は別に大学受験スキップしてやりたいことやればいいじゃんいいという発想。
そういう意味での精神性というのを、魚座は強調する感じですかね。
魚座という「神」を目指すもの

水瓶座から魚座になる流れというのは、理想とか考え方とか
そういった価値観からすら離れて、
「物理次元のこだわりそのものの境界線を溶かす」という流れ。
情報に囚われず本質を追い求める「神」になる流れなのかなと。
射手座も「神」の座を目指しますが、こちらは現実世界の高みに則したという意味での「神」。
魚座の性質でいうと、人間の年齢的にいうと
衰弱期にあたるので、「人間」としてはある程度やり尽くしたところで、
という意味での「神」かなと。
そういう意味になるともう「救済者」としての側面の「神」しかない。
射手座になると「全知全能」的な「神」ですが
魚座になると「救済」、イエス・キリストそのものというべきでしょうかね?
魚座の前段となる水瓶座は教義者としてのシンボルが多いですが
魚座は存在そのものが神格化されたシンボルが多い、というところ。
例えば昭和の時代から長く愛された長嶋茂雄氏が分かりやすい例で
ミスターの存在そのものが「神」の如く扱われていましたね?
光が差してるとか、エネルギーが送られた感覚があったとか。
ミスターの超能力者的なエピソードも魚座らしさ満載。
蠍座はミステリアスなスピリチュアリティで、
ミスターのように天然であけっぴろげなスピリチュアリティなのが魚座。
総括

12ハウスの解釈が難しいと言うことは
魚座の解釈が難しいと言うことでもある、と言えます。
まぁ大体が「よくわからない」で済んでしまうのが魚座かな。
家族みたいにかけがえのないものを守ろうとしてるわけでもなければ
「2人の世界」の聖域を守ろうとしているわけでもない。
そもそも魚のいる深海の世界というのは宇宙以上に謎と言われているので
魚座が宇宙以上に謎であっても何ら不思議でもありません。
総じて精神性の強いサインというのは「よく分からない」
と印象がやはり強いのでないでしょうか。
