私は常々8ハウス(蠍座)はクラファンとか元気玉みたいなものだと言っているが
元気玉を持ち逃げするのでなく、社会で困る人とか誰かのために還元するのが
8ハウス的なあり方として望ましいのでないかと思う、
というところで他者と関わって得られるエネルギー、資源についての考察。
もくじ
8ハウスについて

「8」を横にすると末広がり、無限という文字に。
誰かと誰かがくっつくことで無限の可能性を示している、とも言えるでしょう。
また「8」に関しては物質界と霊界のバランスをとる数字、
とも言われているように、物的な資源だけでなく
「死と生」の概念が入ることで、霊界のエネルギー、
そう言った物質・精神両面あるのが8ハウスであり、
8番目の星座である蠍座というところでしょう。
この8ハウスを「遺産」「継承」という向きがあり
受け取るとかもらうとかにフィーチャーされがちなのは否めません。
8ハウス、蠍座というと「お互いをよく知る夫婦のようなもの」、
詰まるところワンオーワンの関係性の領域で輝く場所でもあります。
例えば8ハウスの太陽というのは1対1の世界だからこそ輝くところ。
「目の前の人に寄り添ったもの」を作る才能というのに優れています。
そのところフィーチャーした方が良い、
太陽は創造性を示す。どこで何を作るかということになるので。
8ハウスとなると「もらう」とか「オカルト」的な、
蠍座的な意味あいに力を入れがちであるが
1対1では非常に優れた力を発揮するということになります。
テレビ局的な発信(3ハウス)よりも、そういう場所で非常に強みが出せる。
大手のブランドを立ち上げたココ・シャネルも太陽が8ハウス。
対外関係のニーズを引き出すとか、強力な他者と関わって
影響を受けて、自分を変えていくことで自身のブランドを立ち上げました。
8ハウスということで、その場所を作り出せる箱を用意するのが大事。
強力な他者と繋がってエナジーを得て大きく変わっていくという感じ。
その後にするのがシャネルみたいに事業なのか、何なのかというのは人によりけりですね。
8ハウスに何かある=金運に良い?

金運は2か8ハウスで見るというのが通説で言われていますね。
しかし8ハウスに何かあるからと言ってお金に困らないと言う話でもないところ。
遺産の手続きにせよ、マイナスのものを子供に相続してしまう可能性もあります。
遺産というのはそういうものを削りながら引き継がなくてはならないもの。
8ハウスの土星だと親やパートナーの借金、負債だらけの遺産とかでしょうかね。
スピリチュアルとかと紐づけられるハウスではあるけども
ものだろうが精神的能力だろうが受け継いでしまうところがあるから、
というのと先ほども挙げたように物質界と霊界の間にいるのがこの8ハウス。
「死」という非日常の事象が絡むことによって
所有の権利の移行の手続きというのを「破壊と再生」とも言えるし
受け継いだものを通して「当主」になるわけですよね。
また7や8ハウスに惑星が入っていたからといって
「結婚」に縁があると限らないところ。
7ハウスは「契約」のハウスなので、「契約」の仕方が「結婚」なのか「共同事業」なのか、
というお話になってくる。
共同事業(7)、資産をもらうか共用して吸収合併(8)的な具合に。
子供にご縁が、というなら5ハウスであるが、
スポーツだとか遊びが仕事、事業になるという見方もあり
なんとも複雑なところではあるんですね。
8ハウスも「水」のハウス

8ハウスは関係性の強化であるとか、「水」系統のハウス。
浄化が必須項目というのは魚座という話を何処かでしたかもしれません。
「8」の数字に連なる蠍座や8ハウスが強調される場合もそれが必要では?、
という感じもしますね。
「死と生」が連なるというところで霊界への門のようなところでもあるから
霊的エネルギーが必ずしも良いものと限らない。
そして8という数字は「上の如く下も然り」という構造なので
上の世界が汚染されていると、下の世界にもそれが現れる、という構図。
下の世界に現れているお金とかというのは特にそういう「汚れ」の形が明確ですね。
ヒーリングセラピーも勿論良いが、「8」というのは
物質界と霊界の狭間を示す数字なので、霊界に対するアプローチだけでなく
物質界に対するアプローチも必要と考えます。
お金は巡り巡って思念が乗っかっているもの。
例えばお金を浄化するのに、弁財天の神社にある浄水でお金の汚れを取る、とか。
もっとも、浄化が必要ない人はいないって認識ではあるんですが。
総括

「8」という数字の原理を突き詰めると物質界と霊界の狭間でバランスをとる、
という感じになってきたりするので
8ハウスについては「遺産」だけでない、
少し複雑な感じの解釈になっていますね、というお話。
関わる相手がいることで自分が変わる、というのが本質といえばそうでしょう。
その関係性の構築で得たものが何か、それをどう使っていくか、
というのを問われているところ。
お金にせよエネルギーにせよ「力」。
力あるものは、それを使う責任もあるということ。
