2026年は数秘で「1」の年だという。1は始まりのサイン牡羊座にも連なる。
土星、海王星が牡羊座で本格的に運行する年でもあり、さもありなん、というところ。
「自分自身」としてのあり方が問われるでしょうね。
どんなに憧れるメンターがいたとしても
結局は「自分自身」以外の何者にもなれないもの。
2026年は「自分とは何か」という原点回帰の旅になるか。
もくじ
「自分自身」というあり方

風の時代になって、水瓶座冥王星時代になりました。
水瓶座ということで同じ志を持った仲間と
グループ意識で活動する、というところもあるでしょう。
そういった活動が活発になったのはいいが、
プロジェクトが長続きしないという事態もある。
なんでプロジェクトが長続きしないのか??
というところで、かねてから言ってる「なぜやるのか」
というところになるのです。
「このメンバーで集まったら楽しそうだからやる」とか
「なんか共通点あるメンバーだから集まって何かやろう」
誰かが発起して最初は勢いが良かったものの、
だんだん尻すぼみになって熱意が落ちて、メンバー間の結束もバラバラになる。
原作者が既にいない手塚作品であるとか、
ドラえもんみたいな長寿作品は本当に稀有ですね。
ただただ「人々に支持されてるから」というだけじゃないのでしょう。
原作者の根幹の意志があって、それを引き継いでいる、と言えば良いのだろうか。
「言われたことをやる」こと
地の時代はヒエラルキーがあって会社の上の人間から
トップダウンに指示が下されて配下の者たちがそれに呼応して仕事する、
と言った図式が定着していた時代。
会社という組織がたくさん成り立って、サラリーマンが増えてきて
「言われたことをやる」というのが当たり前になって
どことなく「自分自身」が蔑ろになる。
平日の都会では満員電車が当たり前になりましたね。
ピークの時間帯はいつも通勤のサラリーマンでぎゅうぎゅう詰め。
会社に「言われたことをやる」ために、
ボロボロに擦り切れていようが、ビクビク怯えながら客にペコペコしたり、
無理やり満員電車に乗り込んで会社に行こうとする。
会社という場所があって、何が何でもそこに行かないとならん、というのと
東京の満員電車の状況というのは、まだ地の時代の影響が強い感じがする。
仕事に相応しい場所としてオフィスがあり、オフィスがないと仕事ができない。
もっと言えば、会社でヒエラルキー上の人間が指示を下さないと、一切仕事ができない。
「オフィスが電子世界にあって、物理的に自分の机も椅子もない」とか
地でできたものが無くならない限りはこの図式がずーっと続くでしょう、この先も。
しかし「地」のエネルギーにこだわっていると、いつか粉々に砕かれてしまう。
もちろん地ありきの仕事、対面で人に会うことありきの仕事もあるから
全てが電子化できるわけでないが、
度がすぎた「地」へのこだわりは、やがて「風」に壊される。取って代わられる。
この都会の人混みというのも、生活のため。
「お金」という価値観に誰もが皆、囚われ過ぎている現状がここからも窺えます。
なんとかしなくてはならないと思うところであるが、肝心のそれを伝える側も
日々の安定を求めるがために、やはりお金に縛られていたり。
水瓶座冥王星は牡羊座に入ろうとする土星や海王星と共鳴して
「自分自身」を取り戻すための「革命」にエネルギーを与えるでしょう。
だんだん「言われたことをやる」だけというのが通用しなくなるのでないかとみます。
「この人みたいになりたい」人はいる?
俗にそういう人を「メンター」などというんでしょうが。
普段の生活で「この人良いな、この人みたいになりたい」と思える人は果たしているだろうか?
「こうなれたら良い」と思える唯一の人は、一人でもいれば良い方ではないのか。
「本質的な生き方」をしていると感じる人に、人は憧れる。
どうしてもそうなりたいかと言われると、
結局「自分」以外の何者にもなれないわけだから、
感心はするが、そうなりたいとは違う。
結局は誰かになれない、自分は自分以外の何にもなれない。
誰かの言いなりになったり、誰かのコピーになるということは
「自分自身」はそこにはない。
総括

そのプロジェクトを「なぜやるのか?」「なぜ関わろうと思ったのか?」
パッションを長続きさせるためには、根幹の動機がなんなのか
それを明確に言語化できるようにならないとならない、
さもなくばその場凌ぎで廃れてしまう。
人に言われてやってるだけなら
上から命令されてやってるだけの会社の仕事となんら変わりはしない。
仮にそれが慈善事業や起業活動だとしても、
それでそこそこ仕事したとしても
「良いことした気になっている」だけ。
そこに「自分自身」はあるのか?
