知らずのうちに悲劇のヒーロー、ヒロインを演じている場所。
自らの統合と癒しを求められるのがキロンという小惑星。
10惑星の次に重要視されることがあるこの小惑星について考察。
もくじ
キロンについて

自分の力でどうにもならず、今までの生き方を改めるタイミングであるとされる。
キロンという小惑星は1977年に発見された、土星と天王星の中間に存在する天体。
ギリシャ神話のケンタウロス族ケイローンが語源。
致死の毒を持つ毒矢を膝に受け、しかし永遠の生命があって死ぬことができず
延々と毒の痛みに苦しんだケイローンの逸話にちなんで定義された小惑星。
この時代においては代替補完医療が現れ注目されてきた時代背景がある、と見る占星術者もいる様子。
昔は医者が施術してくれたものが、この頃から徐々に自分で
ホリスティックに自分で自分を癒す代替医療が流行しつつあった時代です。
自然療法、ホメオパシー、ハーブ、鍼灸、漢方などの代替医療候補の技術が注目され
活用することによって心身をケアする思想と、キロンが結びついているとされています。
自らの癒えない傷であるが、その傷を癒しつつ、同じテーマで悩む人を教え導く、という
ケイローンの犠牲者としての側面と、賢者としての側面を持ちます。
ケイローンが結びついている小惑星から、占星術など専門的な学問であったり
射手座サインが結びついているとも言われています。
自らの傷を癒していく過程で、自らの苦悩と直面し向かい合うことで
人の痛みが分かり思いやりを持てるようになったり、
自ら体験することで学んでいく、そのことで必要とする人の教師となる素養を築きます。
傷を癒す過程で得た叡智がギフトであり、周囲の希望となりうる強さを得ることが叶うでしょう。
自分で自分の傷を癒す場所はどこなのか、というところで
過去へのしがみつきを明け渡して統合するしかないようなところ。
今までの生き方を見つめ直して、過去の成功例とか信念を手放していき、
犠牲者である自分自身を自分の手で解放していく必要があります。
例えばキロンが太陽や月とアスペクト組んでいたり、アングルにのっていたり
このキロンが強調された人というのはヒーラーであるとか医療従事者、
心理カウンセラーやセラピストなど、人を癒す仕事に縁があるとされます。
あるいは占い師や呪術師など、スピリチュアルヒーラー的な使命を持つケースも。
何らかの形で痛みを緩和する仕事であるとか、困難な課題に光を差す、
ということもあり得るでしょう。
キロンの傷が過剰に目立ったり不足するようだと
過去に異常なまでにこだわったり、固執してトラウマから抜け出せぬようなことも。
また他者を癒す仕事でありながら、自分の傷に向かい合えない、
どう行動して良いか分からない、というようなことも。
自分の傷を完全に癒した錯覚に陥ったり、自分のドラマに入り込んでしまうケースに注意したいところ。
土星と天王星の中継機能としてのキロン

自らが犠牲者であり救世主たる要素を示すキロンは
社会的立ち位置を示す土星と、社会を覆す要素たる天王星を結ぶ中継機能と述べました。
このキロンについては通常は火星と木星の間にあるのが常の小惑星と異なり
土星と天王星の間にあることが特別視された感じの小惑星。
土星は自分の人生において社会で成し遂げるゴール、
そして「時間」「体力の制限」といったことを示し、
当人の目指す限界値が土星で示されます。
土星は限界値を設けますが、その限界値の枠は天王星が改めようとします。
天王星は自分の常識を変えれば、壁を越えられるような素養を与えます。
常識であり限界値たる土星と、その枠を超える天王星は大きなギャップがあります。
そこをキロンが「架け橋」となって、限界値の枠と、枠を超えるギャップを埋めようとします。
どう埋めるのか?自分の抱える「癒しきれない傷」を「傷を負ったまま」癒していくこと。
その癒し方を他者に教えること。
例えば金星ーキロン0度を持っていると、自分の楽しみ方はこれで良いのか?
楽しかったはずなのに違和感を感じてしまう、などあるかも。
その傷に関しても、限界があると思っていたらできないことで、
それを癒して向かい合っていくことで限界と向かい合い、
自分の枠を越えられる「証」を立てて、神の意志の世界との接触を試みれるわけです。
総括

キロンというのは、どんなに頑張っても癒しきれない傷。
その苦労が報われるかのように、傷の癒し方を
他者に教えることができるところがキロン。
だから傷と共に生きる生き方というのを選び、
それを受け入れる必要がある、とも言えるでしょう。
この傷を完璧な回復魔法のように治す方法というのを知るのでなく
傷と共に生きる生き方があるということを自分が心から理解して、生きるということ。
その傷があるということを受け入れて生きていく方法を見つける。
犠牲者と救世主の両面を持っている。自分で自分の傷を癒す。
それができたら、他者への救世主になれる。その傷を見ないと癒せない、
ということになるのでしょう。
