蠍座というのは「死と生」という非日常の世界にまつわるサイン。
何らかの事象の「死」というのが、個人の限界の境界線を突き破って
限界を超えて、新たな自分へと進化成長を遂げていきます。
時にそれが「限界」を超えることに繋がるのです。
非日常の世界に触れるということもあって、
扱うテーマも並大抵のものでない重厚さというものがあります。
どの様にしてこの非日常の世界を受け入れていくのか。
もくじ
「命」というものに強烈なこだわりを見せる蠍座

蠍座は先ほども言ったように
何らかの「死」に触れることで人格が大きく変わるサイン。
「死」というものが人格を大きく変えてしまうくらい、
一人の運命というものを大きく変えてしまうくらい、
悲しいものであるがゆえか?
蠍座冥王星時代において「延命治療」「寿命の向上」と言ったことがあったように
「命」にまつわることに関して執着、強烈な興味を持つサイン。
そのため「死」だけでなく「物事の延命」というところにも関わる、
というのは考えられるところ。
対向側の牡牛座は「自己防衛のサイン」と言いました。
延命治療的な行為であったり、あるいは自分のリソースをあげる行為、
というところで蠍座は「他己防衛のサイン」と言えるでしょうか。
何が何でも延命が正しいとされてきた蠍座冥王星世代。
延命の技術は発展してきましたが、
だんだんそれが衰弱していく人の苦しみから目を背けるだけでないか、
本来の生命の流れから目を背けることでないか、
というところで人権、死生観が見直されそうな水瓶座冥王星時代。
その延命というのが疑問視されているのは水瓶座冥王星の風潮もあるんだろうか。
重たき問題であるが。
果たしていずれが正しいのか、これは永遠のテーマにも思えます。
「死と生」という背けることのできぬ重いテーマ。
複雑な思いを抱えながら、医療従事者などの人は
現場で仕事に向き合っているのだろうか。
反対側の牡牛座が「楽しむ」ことをベースな人生の傾向を見せるだけに
こちらは命が終わることの悲しみ、葛藤、
そうした「重たさ」というテーマに向き合う様な感じでしょうか。
対向側の牡牛座について

蠍座の対比になるのは牡牛座、「私の所有」。
「あなたの所有」とも言える蠍座の真逆にいる。
反対側のサインというのは、自分のサインの活動のベースとなっています。
「私の所有・才能」がなくば、他者と交換できる関係性を築けませんので。
自分の所有を相手と共有する、という関係性になるところ。
自分が分け与えられるものないのに
いきなり「持ち物ください」というのはおかしいですよね。
相手の所有を確保するには、自分が所有を持っていないとならない。
また「私の才能」を拡張するには「相手の才能」を受け入れる必要もあります。
「私の才能」だけでは立ち回りに限度があるので
時に「他者の才能」を受け入れて、自分の限界を突き破っていく必要がある。
牡牛座だけだと限界値を決めてそこで留まってしまう。
ですので牡牛座にとっては見えない感情の部分とか、
相手の才能や感覚を受け入れることで
自分の領域を拡張していく、ということが大事になると言えます。
共通しているのは、どちらも生命活動の担保に懸命である、ということ。
牡牛座はお金や食料などの物資を所有することで生命の防衛を図ろうとしますし
蠍座は種を残そうとしたり、水の性質における医療などの「癒し」にて
そもそもの命の延命を図ろうとしたりするので。
牡牛座は感覚は優れるが限界を超えると投げてしまいがちで
自分の感覚、保守性が第一で視点がそこにしかいかない。
蠍座は自分の感覚を知らず限界を超えていこうとして果てるし
形にするエネルギーがないのでやはり抽象的。
相互補完の関係性がある、というのは以前よりお話ししている通り。
牡牛座も蠍座も、どちらも「求める者」ではあるところ。
前者がブランドものであるとか、街を歩いて美味しい店を探すとか
あるいは仕事をしてお金を作る方法とか担保したいから
「所有」できるものを担保する。
後者はパートナーの深い理解だとか、繋がりから資源を得るとか
興味を持った事柄の深淵を見ることで「何か」と一体になって
別次元の強さを得たいので「変容」できるものを担保する。
カリスマ的でもあり、命を取り扱うカルマを見せる冥王星

畜産業に例えるならば牡牛座が牧場などでの飼育まで、
蠍座が出荷後の加工の部分、「本来は蓋をしていたい部分」である
食肉加工の工程、生きていた家畜を潰して食料として加工し、
必要な部分だけ残していらない部分は捨てる、様なもの。
このどちらが欠けてもダメ、というか。
蠍座というと身体器官でも何かと秘匿としていたい、
言うのも憚られる部分となるように何かと表裏が激しいサイン。
大きな変化変容、不死鳥の様に復活して強烈な進化を遂げる光の側面もあれば
暗所で行うべきこと、秘匿としてあるべきこと、
畜産業の加工部分の例えのように、あまり見せたくない様なこと、
と言う闇の部分、「重たさ」はあるところ。
医療現場の最前線のように「命」を取り扱うのは
それだけ重たい、重要な役どころであると言うこと。
蠍座のルーラーである冥王星は10惑星の中で一番遠く、
位置取り的に他の9惑星全部を統括している様な位置に見えることから
カリスマ的な感じでもあり、同時にカルマじみたものを思わせます。
10惑星の中でも
土星は「個人のカルマ」
冥王星は「集団のカルマ」
と言われています。
土星は社会天体、天王星以降は集合意識に影響を与える天体。
前者は山羊座(水瓶座のサブルーラーでもある)、後者は蠍座のルーラーである。
社会や集合意識に影響があると言うところから
この辺りのサインに「重たい」という印象を感じるのも分からないでもないところ。
そうしたカルマを背負った上で、
自分が得たエネルギーを、どのように宇宙に投げ返すかがテーマか。
元気玉のように強大なエネルギーを社会、
ひいては世界の浄化のために使うことが求められるでしょう。
総括

「死と再生」と言うのはテーマとして神秘的で格好良い、
と感じるかもしれませんが、
医療の急患の現場にいる医師のように
そのテーマと向き合うことは「重たい」以外の何者でもありません。
「死」に直面した時にどれだけ取り乱さずにいられるか?
ある事象の「死」を、本当の意味で受け入れられるだろうか?
そして受け入れたことで本当の意味で変わり、
大きな力を使って、この世界に光をもたらすことができるか?
光と闇という両面を知るということ、
大きな闇を知るものは、光を与えられることもできる、
目の前の世界を救うことができる、そういうことなのです。
